2009年01月26日

生きる

ぴったり寄り添ってナゼ?を解く。
それが私の仕事です。
 


それは複雑に絡み合う糸の様で解きほぐすのに時間がかかる
それでも案外シンプルで単純な・・・
ナゼ??
かもしれません・・・


性格が真面目すぎる人は
自分自身で縛りつけ、身動きできずにいます。

焦らず、急がずやるべき事を考え、行動に移しコツコツ積み重ねる。
そうすれば必ずその時は来ます。


人は生きる事が仕事だから
生きているあなたはそれだけでいいんです。

意味もなくこの世に存在するものはありません。
生きているそれだけで親孝行なのです。


右を見ても左を見ても壁ならば、大きく手を広げ大空を見るべきです。
八方塞がりなんてないのですよ。

聞く耳を持ち、自分の目で確かめる
そうすれば未来は違ったものになります。



20代→「若いからいいね」と言われるけれど前が見えず、何が良いのか分からなくて当たり前。

30代→結婚、子育て、仕事人にもまれて苦しくて当たり前。
     忙し過ぎて心をなくすこともあるけれど、それもまた当たり前。

40代→20代、30代、がむしゃらに歩んできたことがほんの少し形になる。
     それでもまだ、ぼやけて見えて当たり前。


だから、自分自身をほめてあげて下さい。
諦めたらそこで終わり。
ずーーっと苦しいまま・・・

今の苦しみから抜け出すには、生きるしかないのです。
きっと、いつの日か笑い話になりますよ。


何でもいいからやってみて
失敗から学ぶことの方が人生には多いのです。


まず、行動を起こし、
ナゼ??を解く努力を積み重ねてください。

人生はあなた自身が主役です。
素敵なストーリーを描き、演じきってください。



                         ~会長~  

Posted by ☆ 緑子の日記 ☆ at 14:22Comments(0)幸せの法則

2009年01月25日

父の死  ~沖縄の風習~

1月8日
事務所でパソコンをしていると、母(会長)が来てアタシにこう言った。

『お父さんが亡くなったから準備しなさい。』

久しぶりに会うおばさん達に
発見時の状況を聞くと…
『昨日、祖母が部屋にご飯を持って行くと
布団もかけないで寝ていて
翌日の朝(発見日)、同じ格好で布団もかけていなくて
そのまま寝ていたから変だなと思って
顔を見ると、もう白くて…身体は冷たかった…。
それで警察呼んだ。』との事。


そうこうしているうちに石川警察署から父の遺体が運ばれてきた。
情けない…二人とも生活習慣病です。
毎日毎日 酒じゃそうなるわ。


父と母が離婚して20数年…。
父と一緒に暮らした期間は、私は正直覚えていない。
なので…想い出もない。
あると言えば、残念だけど母に対するDVだけ。

いつもやられてたな。。
父は仕事から帰ると、
まるで日課の様にこの時間が始まる。

父は、まだ殴り足りないのか
母を山に連れて行き、殴る蹴るを続けていたな。

やられっぱなしの母は、3日間意識不明でした。
母の顔は常に青あざだったので、
当時、母が写っている写真は全部サングラスをしている。

私の卒園式も…姉の入学式も…弟(社長)を抱っこしているのも全部。

不思議と小さい時の光景は忘れられない。

そんなことがあったから、アタシは9歳ぐらいの時
父と包丁のバトルがあったのだ。
今でも覚えている。
『コイツが死ぬなら警察に捕まってもいい』って。

本気で思っていたから今でもあの頃の気持ちは覚えてる。




昨年、祖父が亡くなった時
父の姿を見ると…お腹だけがポッコリ。
痛風とは聞いていたが、糖尿病の合併症もあったようだ。

皮肉なもので…
離婚後の母は、生活習慣病の改善の仕事をし
父は生活習慣病で倒れる。



父の告別式で全て分かりました。
祖父も父も、子や孫・兄弟・姉妹・
友達やご近所に何もしていなかったんだなって。


火葬も焼香も…泣いているのは祖母、ただ一人。

父の後妻の子。私達の妹的存在の子達も
泣く子はいなかった。
上から 中学2年 小学5年 小学2年。
この子達も『想い出がない』と言います。
産むのは上手。
だけど、育てて初めて親になるんだよね…。



弟は若干25歳で、祖父の喪主も父の喪主も立派に勤めていました。



そして、初七日。
父が亡くなったことによって
大きく変わったことがあった。

私達前田家は、おばさん達と仲良く話ができたのだ。
おばさん達も、『良く来たね。ありがとう。』
『弘美はこんなに立派に育ててくれて…』と言っていた。

そうだよ。お母さんがこんなに大きく育ててくれました!
そして、父のことではここには来たくなかったけど
お母さんが『自分達の為に行け』って言うから
来ているだけだ!って弟が言っていたな。

沖縄の風習は大変だ。
人には感情ってものがあるから…
当時のことを思い出すと心が荒れます。

今は、おばさん達も正直に話をしてくれるので楽ですけど…。
やっぱりたくさんの時間が必要ですね。



今日…
トゥシヌユルー(旧の大晦日)のため、
知り合いの物知りさんに無理を言って頼み
49日まで一気に終わらせる儀式をしてもらいました。






母は、「根っこを腐らしたら親戚みんな枯れるからちゃんとやろう」
と言っていました。
当時、散々な目にあった母…
キミはスゴイ人だ。。。
でも、子供たち・子孫のためなんだよね。。

と、感動していたとき…
あるおばさんが私と社長に話かけてきた。
このおばさんは母と同じ立場。
長男がいて離婚しているのだ。
ノチノチ旦那さん側の仏壇を見るのだ。

『何で?何で育ててもらっていないのに行事に参加できるの?
いつまでこの家にいた?お父さんのこと覚えているの?
私は子供にさせたくないんだけど。』

何で参加する?だと?
A 母の教えです。

いつまでいた?だと?
A 2年生ぐらいかしら??覚えていません。

父のこと覚えている?だと?
A 覚えていません。

子供にはさせたくないだと??
A 沖縄の風習です。どんな理由にせよやらないといけないんです。





そして、父がいなくなったことで
親戚の間で何かが変わった。

分厚い壁が無くなったかのように、不思議と和気藹々としている。
従兄弟のお兄ちゃんも言っていた。
『今からでも従兄弟の中は修復できるよな。今度飲もうな』って。


今回の事で、色んな事を学びました。



あっっ!そうだ。

友達によく質問されたっけ。。。

『父の日とか寂しくない?』
『お父さん運動会来ないの?』

姉と弟はどうか分からないけど…
私は全く考えていなかったなー。
全然寂しくなかったしなー。


と言う事は…
お母さんって父親役もこなしていたってことになるね。。。
すげー。

お母さん、いつも有難うございます。
これからも皆健康で仲良くしましょうね。

さて、仕事がたまっていますよ。
明日からは働きありじゃー。







  

Posted by ☆ 緑子の日記 ☆ at 21:39Comments(0)幸せの法則

2009年01月19日

種のはなし。

こんなページを見つけました。
やっぱりゴーヤーはすごいな~ラブ

☆ゴーヤーのぼやき☆


ちなみに…私たちは
『苦瓜種子加工食品又は不妊等の改善食品若しくは改善薬とその製造方法』で
特許を取得しております ゴーヤーキラキラ 

苦瓜種子加工食品又は不妊等の改善食品若しくは改善薬とその製造方法



  

Posted by ☆ 緑子の日記 ☆ at 20:00Comments(0)緑の魔法